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福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)1626号 判決

原告

共栄火災海上保険相互会社

被告

倉元典隆

主文

一  被告は、原告に対し、金二七三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年六月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三八五万円及びこれに対する昭和五四年六月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

訴外島内商事株式会社は、次の交通事故によつて物損を受けた。

(一) 日時 昭和五四年三月二〇日午前三時三五分ころ

(二) 場所 福岡県山門郡瀬高町九州縦貫高速自動車道下り線一二五・九キロポスト先路上

(三) 甲車 普通貨物自動車(福岡44ほ2659号)

運転者 被告

(四) 乙車 普通貨物自動車(福岡11せ4731号)

運転者 訴外新谷武雄(以下、「訴外新谷」という。)

(五) 丙車 大型貨物自動車(北九州11か5635号)

(六) 態様 被告が甲車をガードレールに衝突させたため、甲車が横転し、追越車線をふさぐ状態になつていたところ、訴外新谷の運転する乙車が甲車に接触し、ハンドルをとられて前方道路左側の路側帯に停車中の丙車に追突し、乙車が大破した。

2  責任

被告は、高速自動車国道である九州縦貫自動車道の路上で、甲車を横転させ、追越車線をふさいだのであるから、道路交通法第七五条の一一、同法施行令第二七条の六、同法施行規則九条の一七に従い、「夜間、二百メートルの距離から前照燈で照射した場合にその反射光を照射位置から容易に確認できる赤色の器材」を後方から進行してくる自動車が見易い位置に置いて、右横転自動車が停止しているものであることを表示しなければならない義務があるのにその措置をとらなかつた。

本件事故は、右過失により生じたものであるから、被告は民法七〇九条により、責任がある。

なお、被告が甲車の横転後、同車の後部附近で懐中電燈を振つて合図していた事実はない。

3  大破による損害

訴外島内商事株式会社(以下、「訴外会社」という。)は、乙車の所有者であるところ、乙車の前記大破により修理費用三五五万円を要し、同額の損害を被つた。

4  保険代位

(一) 訴外会社は、昭和五三年一月一〇日、原告(保険者)との間で、乙車につき車両損害保険契約を締結した。

(二) 原告は、昭和五四年六月二三日、同訴外会社に対し三五〇万円の保険金を支払つた。

5  弁護士費用

原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、三五万円を下らない額の報酬を支払う旨約した。

6  よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として三八五万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五四年六月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)から(五)までの事実は認め、同1の(六)の事実は否認する。

2  請求原因2の事実は、否認する。

被告は、甲車が追越車線内に横転した後、同車の後部附近で懐中電燈を振り、後続車両に対して事故車の横転を合図していたもので、被告に過失はない。

3  請求原因3・4の事実は、知らない。

4  請求原因5の事実は否認する。

三  抗弁

本件事故の発生については、乙車の運転者である訴外新谷に次のとおりの過失があるから、右過失は損害額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

1  本件事故現場の道路状況は、直線、かつ、平坦で、とくに見通しの良い場所であり、被告は甲車の横転後同車の後部附近で懐中電燈を振つていたものであるところ、訴外新谷が前方を注視していれば、甲車を容易に発見できたものであるのに、前方注視を怠つて乙車を運転していた。

2  訴外新谷は、乙車を運転し、本件高速道路の走行車線上を走行すべきであり、そうしていれば本件事故は生じなかつたのに、追越車線に、はみ出して走行していた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、訴外新谷が追越車線に、はみ出して乙車を走行させていたことは、認める。

第三証拠〔略〕

理由

一1  請求原因1の(一)から(五)までの事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、次に、本件事故の態様について判断する。

成立に争いのない甲第一、第二号証、第七号証から第九号証まで、第一〇号証の一・二、乙第一号証、第二号証の一・二、証人新谷武雄、同水城政太郎、同安武繁の各証言及び被告本人尋問の結果並びに前記争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、甲車を運転して、前記九州縦貫高速自動車道下り線一二五・八キロポスト先道路を北方から南方へ向つて運転中、中央分離帯のガードレールに同車を激突させ、幅員約三・九メートルの追越車線をほぼふさぐ状態で、甲車を横転させた。

(二)  訴外新谷は、甲車の右横転の約五分後、乙車を運転し、時速約一〇〇キロメートルで右道路を走行車線から追越車線に、はみ出す状態で北方から南進して右事故現場附近にさしかかり、約五〇メートル手前で横転中の甲車を発見し、接触を避けるため急いで左にハンドルを少し切つたものの及ばず、乙車の右側部を甲車後部に接触させ、ハンドルをとられて暴走し、右接触地点から約六〇メートル先の路側帯に停車中の丙車に追突を余儀なくされ、そのため乙車の前面部を大破させるに至つた。

(三)  本件事故の発生した高速自動車国道下り線は、走行車線の幅員が三・七メートル、追越車線の幅員が三・五メートル、路側帯の幅員が三メートルであり、事故当時は雨降りで路面が濡れており、また街灯はほとんどない暗い場所であつた。以上のとおり認めることができる。

被告は、甲車が横転後、甲車の後部附近で懐中電燈を振り後続車両に対し甲車が横転していることを合図していた旨を主張し、被告本人は右主張に沿う供述をするが、右供述は証人新谷武雄、同水城政太郎の証言と対比して採用しない。

3  右1及び2の認定の事実によれば、甲車の横転と乙車の大破との間には因果関係があるものというべきである。そうして、被告は夜間、甲車を高速自動車国道(以下「高速道路」という。)の車道上で横転させ、同車を運転することができなくなつたのであるから、このような場合、被告は後方から進行してくる自動車の運転者が二〇〇メートルの距離から前照燈で照射した場合に、その反射光を照射位置から容易に確認できる表示器材を同国道上に置く(道路交通法七五条の一一、同法施行令二七条の六、同法施行規則九条の一七参照)など、甲車が車道上に停止していることを表示する措置を講ずべき注意義務があるというべきところ、被告は、右の措置を講じなかつたものであるから、本件事故の発生について過失があつたものと認めるべきである。

4  証人豊村健一の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、証人新谷武雄の証言によれば、本件事故により訴外会社所有の乙車は前部を大破し、その補修のため三五五万円を要した事実が認められる。

二  そこで、被告主張の過失相殺について判断する。

1  まず、訴外新谷が前方注視義務を怠つた過失があつたか否かについて検討する。

被告が甲車を横転させた後、甲車の後部附近で懐中電燈を振り、後続車両に合図をしていたとの被告主張の事実については、証拠上これを認め難いことは、前記一2(三)で認定したとおりである。

けれども、成立に争いのない甲第七、第八号証、証人新谷武雄の証言によれば、本件事故発生場所は、ほぼ直線の見通しの良い高速道路の車道上であること、証人新谷武雄、同水城政太郎の各証言によれば、新谷は本件事故当時、乙車の前照燈を下向きにして走行し、その照射距離は七〇メートル弱であつたことがそれぞれ認められ、また、新谷が乙車を時速約一〇〇キロメートル(秒速約二七・八メートル)で追越車線にはみ出す状態で進行していたものであることは、さきに前記一2(二)で認定のとおりである。

ところで、新谷は乙車の前照燈を上向きにして前方を注視して運転していたとすれば、約一〇〇メートル手前で甲車を発見することができたものと認められるところ、自動車運転者が障害物を発見し、方向転換等の応急措置をとるまでに要するいわゆる知覚時間と反応時間の合計は、約〇・八秒程度とされる。そうすると、新谷は甲車を発見し得た地点(手前約一〇〇メートル)から約二二・二メートルの地点で乙車を追越車線にはみ出す状態から走行車線に復帰するための転把操作を関始することができ、そうすれば、甲車に接触することを回避し得たものというべきである。

結局、新谷にも、乙車を運転するに際し、前照燈を上向きにして前方を注視して進行すべき注意義務を怠つた過失があると認めるのが相当である。

2  次に、新谷が乙車を走行車線から追越車線にはみ出す状態で走行していたことについての過失の有無を検討する。

証人新谷武雄の証言によれば、新谷は乙車を運転して、高速道路を南進中、左前方約四〇〇メートルの路側帯に丙車の尾燈を発見した、そこで、深夜で走行中の車輌がほとんどなかつたので、安全確保のため丙車との間隔をとるべく、走行車線から追越車線へはみ出して走行したものである事実が認められる。

したがつて、訴外新谷が追越車線にはみ出す状態で走行したことをもつて責められるべきではないから、この点に関しては同人に過失があるとすることはできない。

3  右に認定したところにより訴外新谷の過失と被告の過失と比較すると、本件事故における双方の過失割合は、訴外新谷三に対し被告七と認めるのが相当である。

4  そうすると、訴外会社が乙車の大破により被つた損害は前記一、4で認定のとおり三五五万円であるところ、右に述べたとおり三対七で過失相殺されるべきであるから、結局訴外会社は被告に対し二四八万五〇〇〇円の損害賠償請求権を取得したものというべきである。

三  証人豊村健一の証言により真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証によれば、請求原因一の4の事実が認められる。

したがつて、原告は、訴外会社が被告に対して取得した前記二四八万五〇〇〇円の損害賠償債権を代位により取得したものというべきである。

四  原告が本件訴訟の提起及び追行を弁護士中園勝人に委任したことは本件記録によつて明らかであるところ、本件訴訟の難易度、審理経過、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべき弁護士費用は二五万円をもつて相当とする。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、二七三万五〇〇〇円及びこれに対する原告が保険金を支払つた日の翌日である昭和五四年六月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却する。なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原晴郎)

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